とまむ さんから CD の音質に 関して不満のコメントをいただきました (2000. 8. 8)。
「BPM CUBE」を買いました。(略)
音質も低音を増強してその分中高音が死んでます。
私としてはレコード会社を移籍した方がいいと思うのですが
いかがでしょうか?
そこで Charlie が個人的に TWO-MIX の CD 音質を定性的・定量的に分析してみました。
まず、次に示す図を見てください。これは、クラシックの曲を分析して、どの周波数の音が 平均してどのくらいの大きさで鳴っているかを分析したものです。
図・クラシック(ヘンデル・水上の音楽)の周波数分布
横軸は周波数(実スケール)で、 4 本の縦線はだいたいそれぞれ 5kHz, 10kHz, 15kHz, 20kHz です。
縦軸は音のパワー(dB・デシベル)で、上に行くほど大きな音だといえます。
ただし、人間の耳は周波数によって「同じ大きさに聞こえるパワー」が全然違うので、このグラフを見て「低音ばかり聞こえる変な録音」と思ってはいけません。一般にこのグラフで水色の実測値が右下がりの直線(白色)に近い場合ほど、人間にとって心地よいといわれています。
■ | 150Hz 以下 | バスドラムの重低音。 |
---|---|---|
■ | 200〜5kHz | 中音域。人間の声。ト音記号を書いた 5 線符の真ん中辺の「ラ」が 440Hz。 |
■ | 5〜8kHz | 人間の声のサ行の摩擦音。 |
■ | 10〜16kHz | 人間の耳に聞こえる高音域。ここが豊かだと音に瑞々しさが感じられる。 ハイハット(シンバルのチリチリした音)は数kHz〜十数kHzの広い範囲に分布している。 |
■ | 15kHz〜 | スピーカーによっては出力ができないが、この部分が音場の臨場感に 関係があるといっている評論家も多い。 |
そこで CD を作成する時には直線を基本として、録音した素材に「味付け」を していきます。料理において甘さ、辛さ、旨味、塩加減、食感、香りなどのバランスを とりながら何かしらの特徴を与えるように、 CD 作成でも音域ごとのバランスをとりながらアクセントを付けたりします。 さて、TWO-MIX の味付けはどうなっているのか見てみましょう(以下、アーティスト名の 敬称略。『TWO-MIX では』という表記で『TWO-MIX の CD では』を意味します)。
図・TWO-MIX・TRUE NAVIGATION in BPM CUBE の周波数分布
重低音域(50Hz 付近の赤で囲んだ部分)だけ直線から大きく上に外れています。 ですから「ドンドン」というバスドラムの音圧が特徴的なサウンドに仕上がっています。 まさにダンスフロアの音を目指して作ったことが分かります。
次に、とまむさんがご推薦の Victor Entertainment より坂本真綾の「約束はいらない」in Hotchpotchです。
図・坂本真綾・約束はいらない の周波数分布
人間の声や楽器の基音部分が白い直線から離れ、黄色い別の直線に乗っています。 これはメロディーやコードの音高をしっかりと聴かせるための手段と考えられます。 重低域のパワーは TWO-MIX に劣りませんが、TWO-MIX のようにその部分だけ増やすのではなく 直線に乗るようにしているため「豊かな低音」という印象になります。
さて、もっと別の CD も検証してみましょう。次は T.M.Revolution の Burnin' X'mas です。
図・TMR・Burnin' X'mas の周波数分布
重低音の増強の度合は TWO-MIX ほどではありません。
次は宇多田ヒカル の「Movin' on without you」in First Love です。
図・宇多田ヒカル・Movin' on without you の周波数分布
TWO-MIX とよく似ています。12kHz 付近に一個山があるのも。この山はパーカッションですね。 でも TWO-MIX ほど高音が耳につくことはなく、ボーカルもしっかり定位を持っています。
次は倉木麻衣の Love, Day After Tomorrow です。
図・倉木麻衣・Love, Day After Tomorrow の周波数分布
一つ前のアーティストと似てるとか似てないとか言われたこともありましたが、 イコライズ的にはかなり違いますね。声のエフェクトが深くかけられ中域が下がっていて、 パーカッション系は広帯域にわたって薄く上昇しています。
最後に当サイトでもご紹介している高橋ひろのアンバランスな kiss をして、です。
図・高橋ひろ・アンバランスな kiss をして の周波数分布
これも声の帯域を若干下げていますが、倉木麻衣のように中域全体ではなく、 摩擦音部分だけ下げています。これはボーカルをマイルドな感じに仕上げるためだと思われます。
以上を比較すると、確かに TWO-MIX は低音を大きく増強していることが分かります。 しかし、それは味付けの一種であって、 それだけで中域・高域がおかしくなっている訳ではない事も言えると思います。
次にそれぞれを実際に聴いて、次に掲げる 6 つの尺度(各 10 点満点、6 点で及第点)で 評価してみます。
RHYTHM EMOTION などでスネアドラムの音が割れています。これは「演出」だといわれれば
そうかもしれませんが、一緒にボーカルまで割れていたりします。
上下の枠にぶつかって横線になっている部分は本来の波形ではなくなっています。
他にも高音のシーケンス(シンセでピロリロ鳴っている音)が
他の音に埋もれてしまい、左右に移動しているのに空間表現にほとんど寄与していない問題も
あります。
また、ボーカルのエフェクトが「楽器の音になじませる」効果ではなく、まるで
幕の向こう側で歌っているかのように感じる事があります。
アコースティックギターとストリングスが中心のオケなので TWO-MIX との比較は難しいのですが、
一聴して空間の表現が丁寧で、それぞれの楽器、そしてボーカルの位置が
はっきりしていることが分かります。
CD 2 曲目の出だしが TWO-MIX の TRUTH のカップリング ver. の Key of Love、あるいは
Rhythm Formula I-10 の IN YOUR EYES III と同様の
音色(キラキラキラ…)なのですが、坂本真綾では非常に高い音域から下がってきて、しかも
左右への広がりが感じられるのに対して、TWO-MIX では音域が狭く、左右への広がりも十分では
ありません。
ちなみにこの CD は single CD の楽曲を中心としたベスト盤で、全曲をニューヨークで
リマスタリングしたもので、音質が向上している曲が多いそうです(情報提供・とまむさん)。
TWO-MIX もアルバム再収録曲はリマスタリングを
していると言っていますが、アルバム全体で音の雰囲気を合わせることはしていても、
音の質が良くなった話は聞きませんね。
1 曲目、驚くほどざらついています。別の表現をすると音が割れています。
波形で見ると次のようになります。
TWO-MIX と同様にシンセのシーケンスを駆使した曲風で、TWO-MIX と音質の
共通点として常にリバーブ(残響)が空間に充満していて全体に「のっぺりした感じ」が
する、というのが挙げられます。
可もなく不可もなく、といった感じです。空間表現はドライな印象です。
ところで波形を見てみると盛大にクリッピングを起こしていますが、
聴覚上はそんなにひどくはありません。
重低音や高域をあまり強調していないので、レンジが若干狭い感じはありますが バランスは良く整っていて、これはこれで聴きやすいと思います。 空間表現は爽やかな印象です。この CD の解説にはレコーディングに関することも 記述されていて、自信のほどがうかがえます。
高域のほつれ具合、低域の音圧など全てがニュートラル、という感じ (今回の試聴の中で一つだけ古い録音であることも影響していると思います)。 ダンスサウンドを聴いた直後だとシンプルで物足りなく感じますが、 聴き疲れせず、歌詞をじっくり考えたくなる雰囲気を持っています。
TWO-MIX はイコライジング的には宇多田ヒカルに近い、ということが言えます。 高音のざらつき感では TMR に近いです。 そして立体感、解像度という点では今回試聴した中で最低です。 この原因は TWO-MIX が他に比べて極めて多いパート数だからだと考えられます。
TWO-MIX はハイハットもトライアングルもシーケンスもギターもみんなボーカルと同種の
高音域に特徴を持ったアタック(音の出だし)を持っています。
これは多分、パート毎のイコライズ・コンプレッション処理と、
マスタリング(あるいは TWO-MIX)する時の
処理のバランスが悪くて、「材料ごとの下味を整えずに鍋に放り込んで醤油で煮込みました」
といった状態になっているのだと思います
(それともまさかパート毎の処理で同じ特徴にしているなんてことはないでしょうね…)。
同じ特徴の音が干渉しあって、ざらつき感が発生し、それぞれの音が立ちません(解像度が悪い)。
例えば同時に 4 つ音が鳴っている曲に比べて、8 つ鳴っている曲は音同士の干渉が起こる可能性は
何倍になると思いますか? 2 倍? いえいえ、実はなんと 420 倍です
(8 点の中のいずれか 2 点を結ぶ線と 4 点の中の 2 点をを結ぶ線の数を比べてみてください)。
TWO-MIX の「パート数が多い」という特徴はつまり「全体のバランスを整えるのが鬼のように
難しい」ということなのです。そして現在の TWO-MIX の録音はその難易度を
十分クリアしたレベルにないということです。
これは技術力が不足しているのか、単に時間的制約でさぼっているだけなのか、それとも
はなから音質はこれで十分だと思っているか分かりませんが、一度は CD のアンケートで
音質をもっと向上させてほしいと思っている人がどれくらいいるか調査すべきでは
ないでしょうか? > TWO-MIX
私はなにも音質至上主義を唱えているわけではなく、歌唱力とか声質で評価する人も増えつつある
というのに、そういった点のアピールを放棄するような音作りでは「本気で売る気があるのか」と
言われてしまうと危惧しているのです。
次のリリースが迫っているわけではない今こそ、そういう細かいと思われがちな点に
目を向けてみてほしいです (Charlie, 2000. 9. 2)
Hardwares
CD player: Victor, XL-Z505
Amplifier: KENWOOD, KA-4060R
Speakers: Victor, SX-A103
Headphones: audio-technica, ATH-A5
CD drive: Panasonic, LF-D200JD
Softwares
CD ripper: ALFA Technologies, CDex version 1.20, 1999.
Wave visualizer & FFT analyzer: M.Imagawa, WaveFFT Version 1.12, 2000.
Musics